AI時代、「努力」が「夢中」に追いつけない世界で僕たちがすべきこと

CooÐPicks 編集長
早稲田大学政治経済学部卒業。
経済新聞記者として、上場企業、政策動向、産業構造の変化を取材。
2024年よりCOOD株式会社に参画
編集長に就任。
三上 紗奈

 
 「楽しむ側のプロになる」。その言葉を聞いたとき、僕はふと、古いレコードの針が溝にぴたりとハマったような、不思議な納得感を覚えた。

世界はいま、生成AIという新しいエンジンを積んで、猛烈なスピードで加速しようとしている。景色は飛び去り、古い地図は役に立たなくなる。そんな中で、自分の軸をどこに置くべきか。その答えが、意外にも「楽しむ」という、一見すると非生産的に思える行為の中にあるとしたら?

これは単なる精神論ではない。これからのビジネスと市場構造を見据えた、極めてロジカルな話だ。

「供給過多」という新しいゲームのルール

 
 まず、構造的な変化を直視する必要がある。AIが人をエンパワーメントすることで、クリエイティブの参入障壁は劇的に下がる。作り手と作品は爆発的に増え、世界はコンテンツで溢れかえるだろう。それはまるで、蛇口をひねれば無限に水が出てくるような状態だ。供給が消費を遥かに凌駕する時代。そこで希少価値を持つのは誰か? それは「作る人」ではなく、「良質な受け手」だ。情報の洪水の中から本質を見抜き、良いものを「良い」と深く味わい、その文脈を理解できる人。いわゆる「リテラシーの高い消費者」である。彼らこそが、次の経済圏の鍵を握ることになる。

「楽しむ」ためのアセット・アロケーション

では、ただ口を開けて待っていればいいのかというと、そうではない。「楽しむプロ」になるには、それ相応の投資が必要だ。感受性というソフトスキルはもちろん重要だが、もっと現実的なリソースが求められる。
時間と資産: コンテンツを享受するための余裕。
健康と体力: 経験を身体知として蓄積するための資本。
これらを戦略的に確保し、人生というポートフォリオの中で「体験」に比重を移していく。それが、AI時代における個人の競争優位性になる。

努力は「夢中」に勝てない

ここで残酷な、しかし希望に満ちた真実について触れておこう。これまでのビジネスでは、「歯を食いしばって努力すること」が美徳とされてきた。しかし、AI時代において、その価値観はアップデートされる必要がある。なぜなら、「努力」は計算可能なプロセスであり、いずれAIが代替可能な領域だからだ。一方で、「夢中」は違う。時間を忘れ、損得勘定を抜きにして没頭するエネルギー。気づいたときには「あれ、勝っていたの?」と周囲が驚くような状態。この非合理な熱量だけは、アルゴリズムには再現できない。努力が足し算だとしたら、夢中は掛け算だ。勝ち負けを意識している時点で、その人はまだ「夢中」の領域には達していない。AIネイティブ世代に向けて僕たちが示すべきは、この「理屈を超えた熱狂」のモデルなのだと思う。

リスクを取って、一歩を踏み出す

AIの進化がどこへ向かうのか、正確に見通せている人間など一人もいない。しかし、ひとつだけ確かなことがある。それは「動かないことのリスク」が最大化しているということだ。現状維持は、後退と同義語ですらない。それは消失を意味する。だからこそ、シンプルに立ち返ろう。難しく考えるよりも、「楽しい」と思える方向へ舵を切る。それが結果として、AIには代替できない「あなただけの物語」を紡ぐことになるはずだ。時代が求める新しいエンタメのモデル、そして生き方。それは、恐れずに新しい靴を履き、音楽に合わせて踊り出すことから始まるのかもしれない。

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